究極の美
キュレーター 佐藤恭子
アーティスト
スギヤマタクヤ、濵村裕二、エリカ・ハルスチュ、エヴァ・ペトリッチ、ジョハン・ワールストロム
2023年1月25日(水)ー2月1日(水) 12-6pm 【28日(土)12-3pm | 休館日 27日(金)、29日(日)】
オープニングレセプション 2023年1月25日(水)18-20時
ニューヨーク天理文化協会|43A W 13th St, New York NY 10011 | 212-645-2800
エミー賞放送作家の安達元一と在ニューヨークで日本文化の紹介で知られるキュレーターの佐藤恭子が手を組み、新しい展覧会シリーズを始めることになりました。本シリーズでは、ジャンルや経歴にとらわれずに興味深い作品を制作し日本で活躍しているアーティストを、世界最先端のアートシーンに取り込んで、ニューヨークを拠点に世界で活動するトップアーティストたちと効果的に交流をし互いに刺激を与え合います。
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日本のテレビ界で長年活躍してきた感覚で美術界を斬る。古くからの伝統を重んじる世界に、自由奔放な発想で新しい風を吹かせたい。有名な美術大学を出ていなくても、有力なギャラリーの庇護を受けていなくても、美しい作品は美しい、面白い作品は面白い。魅力的なアーティストを世界で暴れさせてみたい。そんな型破りの挑戦を今回してみたいと思います。
— 安達元一
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ニューヨークを拠点に現代アートに大きな影響を与えたジョン・ケージ(作曲家、1912-1992)は、「何かが自分にとって美しいと思えない時、自分に最初に問うことは、なぜそれが美しくないかということです。そしてすぐにそれに理由がないということに気づくでしょう。」という言葉を残しています。私(佐藤恭子)にとって美しさとは、魂を揺さぶられるかどうかにつきます。簡単にいうと目や耳を通して触れたアートや音楽によって私の心に感情が湧き起こって動かされるかどうか、何かを連想したりすることができるかどうかです。シリーズ第1回目なので、あえて「究極の美」というシンプルで根源的なテーマを選ぶことにしました。そもそもアートは、美とは、何なのか、なぜヒトはアートを作るのか、なぜそれが途方もない価値を持って取引されたりすることになったのでしょう。
戦後にアートの中心がヨーロッパからニューヨークへ移り、あるいはそのニューヨークでもアーティストが移り住むとその地域が活性化して地価が上がる現象が繰り返されて来ましたが、それもアーティストたちのエネルギーと関係あるに違いありません。
そして今は、白人のみならず別の人種、黒人やラテン人が主流になっている流れがある中で、戦後から当地に挑み続ける日本人アーティストはどんな美学を持って、どんなインパクトを与えることができるのでしょうか。
また文化史が進むに従って、アカデミックな履歴書がいい作家を評価するのが正しいとされる傾向がますます強くなっています。しかし経歴を飛び越えて私たちに「美」を伝えることのできるアーティストもいます。彼らはどう受け取られるべきなのでしょう。アウトサイダーと一つに括られることがありますが、それは安易だと感じています。
ケージはまた、「芸術家というものは、何らかの理由があって自分の進むべき方向に進み、死が訪れる前にたどり着けるようにと願いながら、一つずつ作品を作っていくものです。」とも述べました。その彼らアーティストの「進むべき方向」は、私たちにとって美しいものであり希望ある未来へと導くものなのでしょうか。だからこそ価値のあるものなのでしょうか。本展を通じて、そんな数々の質問をぶつけたいと思います。
スギヤマタクヤは、彼の作品を鑑賞者が目にした「瞬間」に注目します。彼はアーティストとしてのパーソナリティ(自我)を消して作品を制作し、その作品を目にした鑑賞者は彼と一体になります。なぜなら、私たち人間は肉体だけではなく、形のない光だからです。そして彼の作品を媒体としたコミュニケーションによって鑑賞者は闇から光へと導かれる体験をしますが、それこそが彼の究極の美しさとします。
進化論によれば、海は私たち生き物の源とされています。濵村裕二は、南国のエメラルド・グリーンの海に美しさを見出しました。透き通る海水、白い砂浜、生き物が潜む海中。私たちはそこへ行くだけで癒される場所。私たちは濵村の作品を目にすることでそのヒーリング空間へ、生きる喜びへとダイレクトに飛ぶことができ、死の対比として生を感じさせるダミアン・ハーストの「生者の心における死の物理的不可能性」(1991年)とは対極をなす作品群と言えるでしょう。
エリカ・ハルスチュは、自分の心と体が望むこと、同時に自分の心と体が望まれることが、女性のパーソナリティ形成に不可欠だとします。ギリシャ語でpsyche(プシュケ) は心、魂そして蝶を意味しますが、ハーシュは女性をフォルムが美しい蝶に見立てつつ挑発的な表現を使います。
エヴァ・ペトリッチは、女性が手で編んだたくさんのレースを集めて一つの大作を作り彼女の作品とします。たくさんの女性の仕事はつなぎ合わされ、私たちの心が集まり、大きなことが実現するのです。その意味で、ジョハン・ワールストロムの作品にも同様の意味が込められています。彼は、たくさんの顔を画面の上に描き続けています。それをポロックの蜘蛛の巣がかぶさって人々が繋がっている様子は、まるで私たちが生きる社会を抽象的に描いているようです。
— 佐藤恭子
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[略歴]
スギヤマタクヤ
1987年神奈川県生まれで、東京が拠点のアーティスト、作曲家。東京、パリ(Focus Art Fair, 2021)、ロンドン(Focus Art Fair, the Saatchi Gallery)、ニューヨークでファインアートの展示活動をしつつ、岡田惠和×辻仁成のリレーエッセイ「往復書簡」(2018年、中日新聞と東京新聞)へ挿絵を提供、映画「ヌヌ子の聖☆戦」(監督・進藤丈広、2018年)へデザイン提供、TAAKKやMother’s Indusry、Under Armourなど数々のファッションブランドとコラボ、ラッパーの輸入道やGOMESSに楽曲を提供するなど幅広いジャンルで活動している。2011年多摩美術大学環境デザイン学科卒業。
濵村裕二
1971年千葉県生まれで長崎県在住。2018年、47歳の時、独学で海をテーマにレジンを使ったアートを作り始めるやいなや、翌年には公募展で受賞され、2020年には世界最大級の水族館である海遊館のトレイン内に作品が採用される。2021年、第29回国際平和美術展(東京芸術劇場とニューヨークのカーネギーホール)、第53回スペイン美術賞展(スペインのコミージャズ市)に展示。2022年にはドバイ、パリ、台湾のアートフェアに参加、シンガポール国立美術館で展示、また表参道のヘアサロンSOZO内のギャラリー空間で初個展を果たす。
エリカ・ハルスチュ
ニューヨークを拠点に活動するメキシコ人のアーティスト。表現はインスタレーション、絵画、映像、写真、パフォーマンスと多岐にわたる。ホイットニー美術館(ニューヨーク)、エルバリオ美術館(ニューヨーク)、デンバー美術館(コロラド州)、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(マサチューセッツ州)、ネバダ美術館(ネバダ州)、オルドリッチ現代美術館(コネチカット州)。ニューバーガー美術館(ニューヨーク州)、ベルビュー美術館(ワシントン州)、ケレタロ現代美術館(メキシコ)、イェテボリ美術館(スウェーデン)、写真美術館(ベルギー)、ソウル美術館(韓国)ほかで展示。
エヴァ・ペトリッチ
1983年スロベニア生まれ、ニューヨークとウィーンを拠点に活動するマルチメディア・アーティスト。インスタレーション、写真、映像、パフォーマンス、音楽など多彩な作品を制作。世界中で75回以上の個展を果たし、北京国際アートビエンナーレに3回参加、ヴェネチア・ビエンナーレには2回ノミネート、2019年にカイロビエンナーレに招待されている。レースを使った作品は、ウィーンのシュテファン大聖堂、国連、ニューヨークのセント・ジョンザデイヴァイン大聖堂で展示される。現在、国際宇宙ステーションのムーン・ギャラリー(月へアートを運ぶプロジェクト)に参加している。
ジョハン・ワールストロム
1959年スウェーデン生まれでニュージャージーを拠点に活動。現代の政治的、社会的テーマを作品に表現している。1998年からヨーロッパとアメリカ合衆国で展示活動を開始し、グループ展ではアンディ・ウォーホル、ゲルハルト・リヒター、パブロ・ピカソ、サルヴァドール・ダリ、デーヴィッド・サルらと一緒に展示経験がある。ニューヨークのソーホーのギャラリー、ジョージ・ベルジェス・ギャラリーでは4回個展を開催。ビジュアルアーティストになる前は、ロックミュージシャンとしてイアン・ハンター、グラハム・パーカー、ミック・ロンソンらとツアーを共にしていた。
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安達元一
日本のテレビ界を牽引してきた放送作家。「SMAPxSMAP」「踊る!さんま御殿!!」「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」など数々の国民的ヒット番組を手がける。2008年、自身が構成を務める番組「たけしのコマネチ大学数学科」で第35回国際エミー賞を受賞。番組出演の北野武監督とNYでレッドカーペットを歩く。他、第42回ギャラクシー賞大賞、国連平和映画祭2007特別賞、など受賞。
佐藤恭子
ニューヨークを拠点に活動するキュレーター。朝日新聞社と共同で「メトロポリタン美術館古代エジプト展 女王と女神」(2014年、東京都美術館と神戸市博物館で開催)を実現。2016年に小松美羽のニューヨーク初展示を手掛ける。前衛的な展示で知られるニューヨークのアートスペース、ホワイトボックスにアジア部門を創立。2018年から2021年までそのディレクターを務め、歴史的な展示「A Colossal Word: Japanese Artists and New York, 1950s-Present」や「Hiroko Koshino: A Touch of Bauhaus」(2018年)のキュレーターを務めた。
本展の開催には、以下の方々のご協力をいただきました。徳光健治、弓削マイケル、手塚かおり、ジョセフ・エイヤース、足立喜一朗、カーリー・タウンゼント、小野華蓮。(敬称略)