多少、成果とか効率とか悪くてもいい
情とか、和とか、人間関係を大切に仕事をする
そんなのは関係ない
とにかく最大効果を生むことを一番に考え
仕事をする
どっちが正解なんでしょうかね?
いつも悩んでいます
例えば
ディレクターさんがVTRを作ります
もちろん、手を抜いた訳でもないし
そのDが腕が悪いわけでもありません
でも、取材対象の制約とか、現場の問題とかで
面白くないVTRが出来上がってしまうこともあるのです
そんな時です……
会心の出来ではないとわかりつつも
ディレクターさんにとってそのVTRは自分が産んだ子供です
日の目はみせてあげたいと思うのが親心でしょう
情を大切にするなら、目を瞑ってOAに出していまします
でも!
裏側の状況なんて視聴者には関係ありません
視聴者には
どんなに楽に作ったVTRも
どんなに苦労して作ったVTRも
ただのVTRです
出来映えしか見てもらえません
そりゃそうですよね、OAを見てもらうだけですから
だから、番組のこと、視聴者のことを第一に考えるなら
そのVTRはボツになるのです
(あ、もちろん作り直しという選択肢はありますが
最悪の場合はオールボツになるわけです)
私は、こういう場合は、心を鬼にして
「泣く泣くだけど、そのVTRはボツにしよう」
という方向に動きます
まあ、私が決定権は持っていませんが……
これが間違っていないと信じて仕事をしてきたのですが
でも、よくよく考えてみると変なんですよね
視聴者のためを思って
憎まれ役を買って出ているつもりですが
でも結局、私の直接の評価を決めるのは
視聴者ではなく業界内なんですよね
あ~、このニュアンス伝わるかな?
視聴者のみなさんは、作ったテレビを見ていただけるけど
その上に「安達元一の作ったテレビじゃないと見ない」
なんて状況にはならないじゃないですか
テレビはみんなの合作ですから
でも、業界内のそのディレクターさんとかは
「安達元一にボツにされた!あいつとはもう仕事しない!」
なんて、思われてしまっても仕方ない訳なんですよ
「視聴者のために、敢えて言いにくいことを言ってくれてありがとう」
とは、仏様じゃないからならないじゃないですか
あ、これ特定の誰かのことを言っているのでは決してないですからね
日常によくある一般的な話です
情を選んで作品のクオリティーを落とすか
非常になって自分の評判が落ちても作品の質を上げるか
難しいところですね~
自分の評判なんて落ちてもいいじゃない
妥協のない作品を作ろうよ!
……これも一理あるし
なにいい年して突っ張っているの?
周りに敵作っても意味ないよ
作品のクオリティーなんて微々たる差よ
音便に、楽しく仕事しようよ
……これも一理あるし
難しいですね
まあ、中庸ってことなのかな~