ワタシ怖いくらい前向きです 第1章

新作小説 ワタシ怖いくらい前向きです 第1章を公開します~!


          「運」はよくすることができるのです。

「なんでいつもワタシ、運が悪いの」
 ユスラは「信じられない!」とばかりに、読んでいる雑誌を投げ捨て文句を言う。若い世代は誰もが読んでいるファッション誌。その中程の特集ページにユスラと、サヨが写っている。
 ユスラは、本業である派遣OL以外にモデル事務所にも登録しており、時々雑誌の読者モデルの仕事などもしている。
 キラキラとスワロフスキーの輝きが踊る誌面の中程、サヨは半ページほどの大きさで、流行のバッグを持ち微笑んでいる。ユスラはその後ろ、サヨの半分以下の大きさで表情もよく見えない。
「なんで、いつもあの子ばっかりオイシイ目に合うわけ」
「ああ、いま下がった」
 フローリングの上に寝ころがって背中を向けているラルクがつぶやく。ユスラの不機嫌は止まらない。
「いっつもサヨはそう! 撮影の現場だって、ーーおはようございますぅ~、とか媚び売っちゃって、スタッフに愛想振りまくから、あのバッグだって持たせてもらったんじゃない」
「いまのも下がったなぁ」
 ラルクがジャーキーを奥歯でガリガリ噛みながら、足元から見上げる。
「流行っているバッグを持ったから、大きく扱われているのよ! あ~計算高いわ、ムカつく!」
「いまのはかなり下がった。完全に下がった。もう残りないんじゃないかな?」
 ユスラの怒りを逆撫でするラルクの横槍である。
「うるさいわねっ!」
 ユスラが蹴ろうとするが、軽く逃げられる。やはり身のこなしは人間が及ばない。
 なぜなら、ラルクは犬なのである。
 飛び逃げた先で、顔だけこちらを向けてニヤリと笑う。
「ああ、そういう暴力態度はもう下がりまくり。二度と上がらないよ」
 口の減らない犬である。
 なぜ犬がしゃべるのか? ユスラにもわからないが、最初にあの不思議な森で出会ったときから、この調子の軽口を叩いている。まあ、そういうこともあるのだろう。なにがあったっておかしくない世の中だ。話し相手にはなるし、ユスラ以外の人間に話しかけはしないから、いまのところ問題もない。 
 森で拾った野良犬は雑種であるのが相場だが、ラルクはれっきとしたフレンチブルドッグである。しかし、その風貌はちょっと変わっている。顔とお尻、そして後ろ足2本の先だけが黒。その他が白である。まるで、黒いブーツとパンツをはいて、黒いマスクをかぶった覆面レスラーのようなのである。まあ本人は犬なので、さほど気にしてはいないようであるが。
 フローリングから逃げたラルクは、ユスラがお気に入りのピンクのラグの上で、再び一心不乱にジャーキーと格闘している。
「だから、下がった、下がったってなんなのよ。このバカ」
「恐い物知らずだね。また下がったよ」
 少しだけ振り向いて、あきれ顔でラルクが言う。
「だから、なにが下がるのよっ!」
「精神レベルさ」
 ラルクの口から予想だにしない単語がこぼれ出た。
 ユスラは、その意味がにわかにはわからず困惑する。
「精神レベル?」
「そう精神レベル」
 至って真面目な表情である。
「あんた、頭おかしいんじゃない? RPGじゃあるまいし、あなたの精神レベルは25に下がりました。もう危険です。なんてのがあるわけ?」
「あるんだな。それが」
 ユスラに背を向けたまま、さも当たり前のようにラルクは続ける。
「ユスラの精神レベルが25だとすると、サヨちゃんは多分40くらいだな~。そりゃ、サヨちゃんの方が、身の回りにいいことばかり起きるのに決まっているよ」
「わかんない! 精神レベルやらと、いいことが起きるのが関係あるわけ?」
「関係あるどころじゃないよ。すべて精神レベルで決まるんだ。運がいいのか悪いのかは」
「ちょ、ちょっと待って! ちゃんと聞かせて」
 なにかが脳天に落ちてきたような感覚。
 まだ意味不明だが、これは聞き逃してはいけないこととユスラの脳は理解した。
 自分は運が悪い人間だ。ユスラはずっとそう思ってきた。
 ーー男にすぐフラれる。
 ーー面倒な仕事ばかり自分に回ってくる。
 ーー会社ですぐミスをして怒られる。
 ーー素敵な服を買ったら友達も同じのを着ていた。
 ーー海外旅行に行ったら財布をなくした。
 ーー行列に並んでも自分の前で終了になる。
 ーーデートにバッチリ巻き髪を決めたら雨が降った。
 ーーお気に入りの下着に限って盗まれる。
 運が悪いから仕方ない。
 そう思っていたのだが「精神レベル」、なんてもので運をよくすることができたら願ったり叶ったりである。そんな魔法のような事があるのだろうか。
「ねえ、それって。変な宗教じゃないでしょうね」
「あ~、そういう精神レベルが低い、運のない人間に限って、ひねた考えをするんだ」
「悪かったわね」
 もったいぶって教えないラルクに腹を立てつつも、運をあげる方法があるならユスラは心から知りたいと思っている。
「いい加減に教えなさいよ! ジャーキーあげないわよ」
 ラユスはラルクが格闘するジャーキーを取り上げようとする。
 これだけは渡してなるものかと、ラルクは歯でガッチリと押さえ込む。
「わふぁっふぁ(わかった)、おふぃえるふぁら(教えるから)」
 それにしても食べ過ぎである。頬の肉を揺らして、上目遣いに懇願するので仕方なく許してやる。いまはそれどころではない話が気になる。
「で、どうやったら運がよくなるのよっ」
 ユスラの剣幕に、ラルクが語り始める。
「まず、サヨちゃんのことを考えてみようか……。例えばその撮影の時も、サヨちゃんは、ーーおはようございます、とか、ーーよろしくお願いします、とか、ーーありがとうございます、とか、明るくスタッフに接していなかったかい?」
 言われてみれば確かにそうである。サヨは、いつもバカみたいに誰にでも挨拶をする。
「まあね。あの娘、八方美人で能天気だから、いつもそんなカンジよ」
「じゃあ、ユスラはどうだった? カッコつけてサングラスして現場に入ったり、ずっと鏡と向かい合ってたり、あの娘より目立とうとか対抗意識剥き出してたり、じゃなかったかい?」
「う~ん……そう、かも」
 思い出してみればあの日は、他の娘よりセンスがあるところを見せようと、ちょっとスカして斜に構えていたと思う。
「だよなぁ、手に取るようにわかるよ。それで、サヨちゃんのまわりはスタッフがバカ話したりしてて、ユスラのまわりはピリピリしてたでしょ」
「うん……」
「そういうことなんだよ」
 ユスラには、ラルクがなにを言いたいのか、まだ霧中である。
 根気強くラルクは教える。
「いいかい、ユスラが現場のスタッフだったら、明るいサヨと、尖っているユスラ、どっちの写真を使いたくなると思う?」
 ユスラにも、なにかわかり始めたかもしれない。
「彼女が雑誌に大きく紹介されたのは、運がいいと言えばそうなのだけど、自分で呼び込んだ結果なんだよ」
 サヨは調子のいい八方美人とバカにしたけど、彼女のまわりにはスタッフの笑い声が響いていた。
「ユスラがサヨちゃんより小さくしか紹介されなかったのは、運が悪いのではなく、それも自分で呼び込んだ結果なんだよ」
 確かにユスラはサヨを見ながら、「ワタシの方がかわいいのよ! なんでわからないの!」とスタッフにトゲトゲした空気を出していたかもしれない。 
「でも、それってこの前の撮影のことだけでしょ」
「そうじゃないんだ、すべて同じなんだよ」
 ラルクは、なにか大切なことを語ろうとしているのか、大きく宙を見上げた。
「運をよくするのは簡単なんだ。ちゃんと挨拶をする。ちゃんと感謝をする。愚痴や不満を言わない。友達に優しくする。素直に人の話を聞く。人と競争しない。人に嫉妬しない。欲張りすぎない。ものを大切にする。自分を大切にする。たまには両親に優しい言葉をかける。ムカつく前に自分に悪いところはなかったか反省する。そんな毎日を送るようにするだけで、精神レベルがドンドン上がるんだ」
 精神レベルかどうかはわからないが、そんな風に生きられたら気分がいいかもしれない、まわりで楽しいことが起きるかもしれない、とユスラは思った。
 精神レベルが上がった自分をイメージしたユスラの顔が、少し和らいだのを見てラルクが続ける。
「それに、精神レベルと言うのは、同じレベルの仲間を集める力があるんだ。いつも笑い顔が絶えない人のまわりには、同じく笑い顔の友達ばかりが集まっているだろう。逆に、いつもしかめっ面で文句ばかり言っている人のまわりには、やっぱり不平不満ばかりの人間が集まっていないかい?」
 ホントに世の中ってそんなものかもしれないと思った。
 同じ精神レベルの人が集まる。
 ならユスラは、素敵な精神レベルの人たちに囲まれて暮らしたいと思った。そのためには、自分もそれに相応しい精神レベルにいないといけない。
 なにかがわかったユスラを頼もしそうにラルクが見上げる。
「自分が高い精神レベルにいると、同じレベルの友達がまわりに集まって、一緒に影響し合って、いいことがたくさん起きるようになるんだ」
「そうかぁ。それが運がいいってことね。で、運が悪いのは逆ってことで……」
 ユスラには、もうハッキリわかった。
「挨拶もしないで、悪口ばかり言って、文句や嫉妬ばかりで、友達を大切にしないで、そんな人のまわりには、そんな風に考える人ばかり集まって、みんなでギスギスし合って、精神レベルが下がって、悪いことばかり起きるようになるのね」
「ザッツライト!」
 よくできました! とばかりにラルクがウインクをした。
 なにかユスラの目の前に爽やかな風が吹いた気がした。
「ありがとうラルク」
「いいねぇ、その感謝! 精神レベル上がった」
 ラルクは御満悦である。
「頼もしいわよラルク」
「う~ん、また上がった!」
 嬉々としている。
「でも、栄養取りすぎだから、今日はジャーキーもうそれで終わりね」
「え?」
 あ然と開いたラルクの口からジャーキーが落ちる。
 すかさずユスラが取り上げる。偉そうなことを言ってもしょせんは犬である。食べ過ぎ禁止、ジャーキー奪還作戦大成功。

「うおぉ返せ~っ! 精神レベル下げるぞぉ! 地獄へ堕ちるぞぉ」
 ラルクは早くも診断症状。叫びながら黒タイツの覆面レスラーが、ユスラに向かってドロップキックを仕掛けた。

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